核なき世界は混沌の世界

2017.08.23 Wednesday

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    JUGEMテーマ:国防・軍事

     

    去る2017年7月7日、国連にて「核兵器禁止条約」が採択された。
    全核保有国及びアメリカの核の傘の下にあるカナダ、ドイツ、NATO諸国、韓国、
    オーストラリア、そして日本も不参加の下で採択されたので、
    実質的には何の意味もない条約だと言えるだろう。

     

    日本国内では、「唯一の被爆国として何故参加しないのか?」と言う声も多く聞かれたが、
    不参加と言う政府の判断は正しいものだ。

     

    条約交渉に参加した上で、採決で反対票を投じるというやり方もあるのだろうが、
    建前としては、日本も全ての核保有国も「核兵器は廃絶すべき」としているので、
    やはりこれも筋の悪い選択だろうと思う。

     

    よって、今回の「条約交渉自体に参加しない」という政府の対応は、
    理に適っているものと評価できる。

     

    根本的な疑問は、「核なき世界は本当に良い世界なのか?」という点だ。
    日本ではこの点が殆ど論じられる事なく、
    無条件に「核兵器=悪」と言う前提で無くすべきものと断定されている。

     

    もしも今この瞬間、世界から核兵器が無くなったら、第三次世界大戦が勃発するだろう。
    第二次世界大戦以降も、世界から戦争が無くなった日は無かったが、
    あくまで局地戦レベルで留めることができ、世界大戦にはならなかった。
    世界大戦を防いだのは、間違いなく核兵器の存在だろう。

     

    人類は未だに地上から戦争を無くすことができず、
    無くすための方法すら分からない状態だ。
    だとするなら、核兵器が存在することには大きなメリットがあると言える。
    逆に核兵器を廃絶する事によるメリットが、
    私には全く分からないし、核廃絶を唱える人からそのメリットが語られる事もない。

     

     

    ■核兵器とは何か?

    そもそも核兵器とは何なのだろうか?
    端的に言うと、「とんでもなく威力の大きな爆弾」だ。
    つまり、他の兵器と比べてとりわけ特殊な兵器というわけではない。
    化学兵器の方が余程、特殊でありデメリットの大きな兵器であろう。
    だから、「化学兵器禁止条約」にはアメリカもNATO諸国も日本も加盟している。

     

    核兵器は絶大な威力がある。
    それ故に、「民間人に被害を出さない攻撃」と言う事が難しくなる。
    戦争にもルールがあり、民間人を標的とした攻撃はルール違反だ。

     

    湾岸戦争やイラク戦争で、米軍はイラクの首都であるバクダッドを空爆した。
    当然、バクダッドには多数の民間人が暮らしているが、
    あくまで目標は、政府施設や軍事施設だ。
    民間人にも多数の被害が出たが、それは誤射であり事故なのである。
    だから、ルール違反とはならない。

     

    しかし、核兵器はその威力の大きさ故に、
    “ターゲットを絞った攻撃”という理屈が成立しない。
    核兵器の使用は、民間人をターゲットにした攻撃と同義なのである。
    これは見方を変えると、例えば、
    砂漠のど真ん中にある戦車部隊に核兵器を使用することは、
    ルール上は問題ないという事も意味する。

     

    一方で、化学兵器とはどんな兵器だろうか?
    簡単に言うと「制御できない兵器」が化学兵器だ。
    風が吹けば化学物質は広く散布されるし、温度や気候条件でも効果範囲や効果が変わる。
    ウィルス兵器なら、帰還後に人を媒介して感染する場合もある。
    つまり、化学兵器は明確に適用範囲を指定できない兵器であり、
    時に友軍にすら被害を及ぼす。

     

    この点が、化学兵器が核兵器を含むあらゆる兵器と比べて特殊な点であり、
    化学兵器はどんな場面で使おうとも、それは無差別攻撃となってしまう。
    だから化学兵器を禁止することは、ほぼ全ての国が合意できるのである。
    使用を正当化できないと兵器と言っても良いだろう。

     

    さて、核兵器はその強大な威力を背景に、第二次世界大戦後の世界に秩序をもたらした。
    戦争のルールを遵守している限り、核兵器が使用される可能性は少なく、
    また使用されたとしても、民間人に被害はでない。

     

    しかし、自分たちが劣勢で挽回が難しい状況下でも戦争のルールを守れる程、
    人間という生き物は理性的な生き物ではない。
    ルールを破り都市に向けて核兵器を使う可能性は高いし、

    「敵国が核兵器を都市に打ち込んでくるのでは?」という疑念は払拭できない。

     

    だから、核保有国同士の戦争は極力避けようとする力が働く。
    これが核抑止力と言うものだ。
    米ソ冷戦時代、世界で起きた殆ど全ての戦争で、交戦国の後ろには米ソがいた。
    核保有国である米ソが直接戦争することは、核戦争を意味するので、
    あくまで裏方として代理戦争をさせていたのである。

     

    ■3つの核戦略

    しかし、核保有国同士の戦争が100%無いとは断言できないしその保証もない。
    その為、核保有国は「如何に核戦争を防ぐか?」「如何に核兵器を無力化するか?」
    これらを目的として、核戦略を構築してきた。

     

    世界最大の核保有国であるアメリカが採ってきた核戦略は3つある。
    1つは、「相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)」略してMADと呼ばれる戦略だ。
    「双方が大量の核兵器を保有すれば、核使用した国は致命的な核の報復を受ける。
    故に核兵器は使用されない。」
    このような考え方であり、理性的な核抑止だと言える。
    一応、この考えは70年の間、核の使用を防いできた。

     

    2つ目の核戦略が、「戦略防衛構想(Strategic Defense Initiative)」であり、SDIと呼ばれる。
    「核が飛んできたら撃ち落とせば良い」というとても単純な発想の戦略で、
    衛星軌道上のミサイル衛星やレーザー衛星、地上の迎撃システムが連携して、
    飛来する核ミサイルを撃ち落とすというプランだった。
    「スターウォーズ計画」とも呼ばれ、非常に空想的な核戦略と言える。

     

    最も、現代の技術進化を見ると何れはこういった事も可能になるだろう。
    しかし、衛星軌道上から核ミサイルをレーザー攻撃できる技術が確立したなら、
    そもそも核兵器は無くなるだろう。
    そのレーザーで直接地上を攻撃すれば良いだけだ。

     

    最後が「戦域ミサイル防衛(Theater Missile Defense)」、TMDやMDと呼ばれるものだ。
    核使用の可能性が高い限定された地域での核戦争を想定し、
    迎撃ミサイル(パトリオットやTHAADなど)を配備し備える戦略だ。
    現実的な対応方法と言え、日本はこの核使用の可能性が高い限定的な地域となっている。

     

    MADとTMDが現在に至るまで核兵器の使用を抑止しており、
    人類は未だこれ以外の道を見つけられていないので、今後も続く事になるだろう。

     

    ■核兵器の廃絶を本気で目指すと

    もしも、「核兵器禁止条約」に全ての国が参加したらどうなるのか?
    人類が本気で核兵器を廃絶しようとしたらどうなるのか?
    私は、核戦争が起きる可能性が高いと思っている。

     

    核とは兵器にだけ利用されるものではないのは言うまでもないだろう。
    原子力発電に利用されているし、船や潜水艦の動力としても利用可能だ。
    今回、締結された条約でもこういった平和的な利用は禁じていない。

     

    つまり、核兵器をいつでも作る能力は保持したままという事だ。
    「核兵器はいつでも作れるが、作りません、作っていません」
    こんな事を信用できるだろうか?
    身近な隣人ですら100%信頼できない人間に、
    会ったこともない人間を信じることなど不可能だろう。
    まして、信頼が裏切られた時の代償は途方もなく大きい。

     

    既に禁止条約が締結されている化学兵器ですら、
    各国の軍隊は、使用されることを想定した訓練や装備の保持を行っているのだ。

     

    本気で核兵器を廃絶しようとするなら、
    自分達以外の核保有国を滅ぼすしかなくなるだろう。
    それは、核戦争の勃発を意味する。
    人類が本気で核兵器を廃絶しようとした時、それは人類滅亡の危機を意味するだろう。

     

    「条約が締結されれば、各国は核兵器を手放す」
    こんな事を本気で信じているのなら、その人はただの馬鹿だ。

     

    ■秩序は力で保たれる

    奇跡がおきて廃絶できたとしても、その先に待っているのは混沌した世界だろう。
    アメリカでは一般人の銃の所持が認められているが、
    その結果、アメリカの警察の装備している武器は、日本の警察に比べて遥かに強力だ。
    圧倒的な力があるから、治安が維持できるのである。

     

    日本は一般人が銃を所持できないから犯罪が少ないのか?
    結局、日本も一般人と警察の間には圧倒的な力の差がある。
    だから、凶悪犯罪が少ないに過ぎないのではないだろうか?

    銃を国民が持てない故に、警察の力との差がアメリカより大きいだけではないか?

     

    国際社会も同じだろう。
    核兵器の力は、他の兵器に比べて群を抜いている。
    だから、一応の秩序が保たれているのだ。
    世界から核兵器が無くなれば、力の差は今よりずっと小さくなり、
    戦争が起こるリスクは高まるし、実際に頻発するだろう。

     

    同じ国民同士で殺人事件が起こる事すら根絶できないのが人間だ。
    ならば、圧倒的な力の差で秩序を保つしかないのは明白ではないだろうか?

     

    人は一度手にした文明を手放すことなど出来ない。
    核を超える新しいエネルギーを手にするまで、核兵器が無くなることはないし、
    核兵器が無くなる時は、核を超える力を持つ兵器が誕生しているだろう。

     

    ■手に入れた文明は捨てられない

    核にはメリットが大きい。
    圧倒的な力で世界に一定の秩序を作る事ができるし、
    原子力発電、動力機関、様々な恩恵をもたらしてくれる。

     

    福島の原発事故以来、日本では原発廃絶の声が大きいが、
    脱原発を唱える人は、現在の生活を手放す気が全くない。
    「自然エネルギーで代替できる」などと妄言を言っているのがその証拠だろう。

     

    気象環境に左右される自然エネルギーが、原子力発電を代替できるわけがない。
    電力は「安定している」ことが最も重要なのである。
    「日照時間が少なかったので停電します」などとなる電力は使い物にならない。
    太陽光発電などを推進しても自然エネルギーの発電量がゼロの場合を想定し、
    バックアップ電源が必要となる。
    つまり、原発や火力発電を減らす事はできないのである。

     

    しかも、最近は電気自動車を主流にしようとする流れができている。
    電気自動車は当然、充電が必要となるわけだが、
    その電力はどこから供給されるというのだろうか?


    日本において、仮に全てのガソリン車が電気自動車に置き換わったら、
    原発50基分の電力が必要になるという試算もある。
    火力発電で賄うなら、CO2の排出量は爆発的に増えるだろう。
    電気自動車を推進する理由はエコだったはずであり、これでは本末転倒だ。
    脱原発などは夢見物語であり、全く現実味がないのである。

     

    核なき世界を望むということは、あらゆる核エネルギーを手放す覚悟が必要になる。
    「平和利用に限り可」などは何の意味もない。
    いつでも兵器に転用できる力を保持したまま、
    今ある兵器だけを無くしても、何の意味もないだろう。

     

    ■唯一の被爆国の役割

    日本は現在に至るまで唯一、核兵器が実際に使用された被爆国だ。
    唯一の被爆国だからこそ、核の力を世界に伝え抑止力を高める事に寄与すべきだろう。
    日本以外の国は核の威力は計算上でしか知らない、実感がない。
    実感がないという事は、使用した時のリスクを低く見積もる事に繋がりかねない。

     

    「核はこんなに大きな被害を出す、だから廃絶しよう」ではなく、
    「こんなに大きな被害が出るから、絶対に使わないように」このことを訴えるべきだ。

     

    今、日本のすぐ隣の若き独裁者の国が、核兵器開発に邁進している。
    そして、核兵器の使用をちらつかせアメリカとの対決姿勢を鮮明にしている。
    北朝鮮が核を手放す事は、あの国が亡びる以外は有り得ないだろう。
    そして、滅ぼす為には核戦争が必要になる。
    弾道ミサイルに載せて、アメリカや日本に打ち込む能力はまだないかもしれないが、
    北朝鮮国内で使用することは可能なレベルにはあるだろう。

     

    外交圧力で解決できる段階はとうの昔に終わっている。
    “核を放棄させるため“の軍事行動は、最終的には北朝鮮国内への進軍が必要になる。
    空爆やミサイル攻撃だけでは、核開発は放棄しないだろう。

     

    日本はもう北朝鮮を核保有国として認め、核がある前提での対応を検討する段階なのだ。
    米ソ冷戦時代は、アメリカの核の傘は機能する可能性は高かった。
    何故なら、ソ連が”日本にだけ“戦争を仕掛ける可能性は皆無だったからだ。
    ソ連の日本に対する攻撃は、同時にアメリカへの宣戦布告を意味した。
    だから、アメリカは必ず報復してくれただろう。

     

    しかし、現状は冷戦時代とは全く異なるのである。
    北朝鮮から日本に対して攻撃があった場合、
    それはアメリカへの宣戦布告を必ずしも意味しない。
    アメリカへの攻撃ではないと判断されたなら、アメリカは報復をしない。

     

    日本を守る為にアメリカ人が血を流すことは無いだろう。
    そもそも、日本がアメリカの為に血を流す気がないのだから当然だ。
    日本の場合、国会などで「アメリカの戦争に巻き込まれる」などと言う発言が
    公然と出るのだから、守ってもらうことを自ら放棄していると言っても良い。

     

    核は必要であり、無くすことなど不可能である。
    この現実をしっかりと受け止めて、日本の核戦略を構築すべきだろう。
    核なき世界など幻想にすぎず、実現できたとしても決して幸せな世界ではないだろう。
    核があるから、今の日本人は戦争を遠いものとして考えられるのである。

     

     


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