日報問題が与える示唆:後編

2017.08.08 Tuesday

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    JUGEMテーマ:国防・軍事

     

    自衛隊を取り巻く、法律と現実の間には大きな乖離があることは間違いない。
    にも拘わらず、政治家も役人も政権の維持であり、省益の拡大が最大の関心事項だ。
    自衛官の命どころか、国民の生命すら脇に追いやられているのである。

     

    ■40年前と変わらない文民の無責任

    この政治家や役人の無責任ぶりは、何も今に始まったことではない。
    1976年9月6日、当時のソビエト連邦の最新鋭戦闘機であるMig25が、
    日本のレーダー網に探知されず、函館空港に着陸、パイロットが亡命する事件が発生した。

     

    今から40年以上前に発生したこの事件の時の政府の対応と、
    今回の日報問題に対する政府の対応は殆ど同じだった。

     

    1976年9月6日の午後1時すぎ、
    自衛隊のレーダーは日本の領空に近づく国籍不明機を探知し、
    対応する為に、当時の航空自衛隊の主力戦闘機F-4EJがスクランブル発進した。

     

    ソ連の戦闘機であることは、誰もが知っていただろう。
    現在でも、北海道方面に国籍不明機が近づけば、
    ロシア機であることは確認するまでもないだろうし、
    九州や沖縄方面であれば、中国機なのも同様に分かるだろう。
    しかし、政府から「ソ連軍機が侵入」などとは絶対に発表されなかった。

     

     

     

    そんなことをすれば、自衛隊に防衛出動を発令する事態も予想されるからだ。
    防衛出動とは日本に対して、外部からの武力攻撃が発生または、
    武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められる場合に、
    日本の防衛のために、自衛隊の一部または全部隊が出動する命令だ。

     

    日本の存立を脅かす脅威に対して、武力行為も認められる。
    つまり、近づく戦闘機や艦船を撃墜または撃沈させることも可能になる。
    現行法で最もハイレベルな防衛行動であり、これまで一度も発令されたことはない。

     

    1976年当時は、東西冷戦のただなかであり、日本の仮想敵国はソ連だ。
    アメリカを盟主とする西側陣営と、ソ連を盟主とする東側陣営が、
    世界のどこかで武力衝突した場合、ソ連軍は北海道に侵攻すると想定されていた。

     

    そんな中、ソ連軍機が領空に近づき、侵入するとなると、
    国民の生命を守る義務がある政府が、防衛出動を発令するのは当然の行為だ。
    しかし、当時の総理大臣三木武夫は、その義務を全く果たさなかった。
    その当時、彼は田中角栄や福田赳夫と政争の最中で、
    彼の興味関心の殆どは、そちらに向いていたのだろう。

     

    スクランブル発進したF-4EJはソ連機を見失う。
    F-4EJが搭載するレーダーは、低空を飛行する航空機を検知する能力が弱かった為だ。
    余談だが、この事件をきっかけに、その後、早期警戒機が導入されることになる。

     

    ロストしたソ連機は、13:58に函館空港に強行着陸する。
    函館上空を飛ぶ戦闘機を、空港に近い函館駐屯地の陸上自衛隊は目撃していたが、
    赤い点を日の丸だと思い、ソ連の赤い星だとは気が付かなった。
    つまり、航空自衛隊の戦闘機だと誤認したのである。

     

    最初にソ連機であることに気が付いたのは空港職員であり、
    航空自衛隊と運輸省に通報した。
    その後、職員は着陸した戦闘機に近づいたところ、ピストルを威嚇射撃したので、
    警察に通報し警官隊が機体を包囲することになる。

     

    このことが、この事件の行方を決定的にした。
    つまり、「外国の飛行機が函館空港に着陸した事件」として処理されることになった。
    通常、軍用機が領空侵犯の末、空港に強硬着陸するような事態を、
    防衛省(当時は防衛庁)や自衛隊ではなく、警察が対応するなどは有り得ない。
    まして、仮想敵国であるソ連の戦闘機である。
    対応を間違えると、戦争勃発の危険すらあるのである。

     

    政府は、パイロットが亡命希望者なのを知ると、警察と外務省に処理するように指示を下す。
    そして、9月6日に追い払うように亡命希望国のアメリカに出国させると、
    警察は、事件は解決したとし、MIG25を航空自衛隊に引き渡した。

     

    一般国民はこれで事件は解決したと思い、政府もそのような発表を行ったが、
    この事件の本番はむしろここからであった。

     

    MIG25は、当時の西側の最新鋭機を遥かに上回る高性能機だと考えられており、
    アメリカはその情報を手に入れる為にも、何としても機体が欲しかった。
    そして、ソ連は情報の漏洩を阻止したかった。
    かくして、米ソ両国から機体の引き渡しが要求される。

     

    本来なら、日本も自国の防衛の為にこの機体の情報を活かすべきなのだが、
    三木首相は、そんな厄介ごとに首を突っ込みたくはなかった。

     

    そんな時、「ソ連が機体の奪還に計画している」という情報がもたらされる。
    自衛隊はソ連軍が函館を襲撃すると想定し、ただちに防衛体制にはいる。

     

    現在でも変わっていないが、自衛隊は防衛省の命令がないと出動はできない。
    命令を出す最高司令官は内閣総理大臣だ。
    しかし、総理大臣が防衛出動を発令するには、ソ連にまずは攻撃してもらう必要がある。
    これが、今に至るまで大切に守っている「専守防衛」という、狂った防衛政策だ。

     

    このルールを厳格に守り、三木首相は防衛出動の命令は出さず、
    自衛隊は訓練などの名目で独自に函館空港の周辺に展開した。
    命令が無いので、陸海空それぞれの自衛隊はバラバラに対処することになる。

     

    函館駐屯地に駐留している陸上自衛隊は、28普通科連隊だが、
    総理からの命令も指示も、そして情報もないので一切の行動は秘密裏に行われた。
    政治家も、もちろん函館市民も一切の状況は知らなかったのである。

     

    襲撃が行われた際、戦闘は個人の判断に委ねられることとなった。
    判断をした連隊長は、「もし襲撃があったら、特攻精神で戦って欲しい」と言ったとされる。
    アメリカに並ぶ軍事大国のソ連が本気で襲撃してきたなら、
    命令もなく、他部隊との連携もない部隊など全滅する可能性が高いであろう。
    その事は、現場の自衛官が一番よく知っていた。

     

    総理大臣も防衛大臣も、防衛庁の役人も、皆責任を回避し下に丸投げしている状態だ。
    それでも、函館駐屯の自衛官たちがこんな無謀な特攻作戦に従ったのは、
    部隊員の多くが地元である北海道や函館出身者だったからであろう。

     

    そして、国籍不明機の接近の報が伝えられる。
    誰もがソ連の奪還作戦が始まったと考え、高射砲での迎撃が準備される。
    すんでのところで、接近している不明機は航空自衛隊のものだと判明するが、
    あやうく撃墜しそうになった状態だったと言われている。

     

    このような状態は今も全く変わっていない。
    南スーダンのPKO活動、頻発する中国の海空からの領海、領空侵犯。
    無責任な政府や役人の下、現場の自衛官は現場判断で対応していることが多い。
    個々の自衛官が持つ愛国心や郷土愛に頼った国防体制と言っても良いのかもしれない。

     

    ■日報問題で本来議論されるべきだった事

    日報問題で、本来議論されるべき事は、
    「自衛隊が戦闘に巻き込まれたら?」ことだったはずだ。

     

    PKO五原則で定義される「戦闘」とは、
    「国または国に準ずる組織間での武力衝突」である。
    日報で現場の自衛官が報告した”戦闘“という言葉は、この定義には当てはまらない。
    だから、即時PKO活動を停止し撤退する必要はない。

     

    これが、今回の問題に対する政府の回答だ。
    法律の解釈はそうなのだろうし、それは別に良いだろう。
    しかし、現実に現場の自衛隊の直ぐ傍で、重火器を用いた衝突は起きていたのだ。
    最も重要な論点はここだろう。

    その武力衝突を、”戦闘”と呼ぶのかどうなのかはどうでも良い。

     

    「その時、自衛隊はどう対応したのか?」
    「万が一、巻き込まれた時はどうするのか?」
    「死傷者が出た際の対応は万全なのか?」

     

    野党が一番に追及すべきことは、こういった事だろう。
    そして、報道メディアもこのような問題提起をするのが正しい姿だ。
    撤退すべきかどうかは、その次の話だろう。
    何故なら、「戦闘はあった」「いや無かった」などという議論をしているその時も、
    遠く離れた南スーダンで自衛隊は任務を遂行中なのだから。
    その瞬間、自衛隊の傍で戦闘行為が発生しているのかもしれないのだ。

     

    自衛隊が法に縛られ、やるべきことをやれないのであれば、
    まず議論すべきは、現実と乖離しているそのような法の改正だ。
    それをやらずして、「文民統制」などが機能するわけがない。
    ソ連機の日本亡命事件のように、現場の自衛官が独自の判断で対処する事になる。
    これは文民統制からは明らかに反する行為である。
    しかし、今の日本はこうした文民統制を破らなければ、国を守れないのである。

     

    ■昭和初期とそっくりな社会情勢
    軍と政治、軍と国民、政治と国民、これらの関係は歴史を振り返ると、
    実は危機的な状況になりつつあると私は思う。

     

    歪んだ戦後教育では、あの戦争は戦争好きの軍部が暴走して、
    嫌がる国民を力で弾圧して始まったものだと教えられている。
    しかし、これは真実とは全く違う。

     

    1930年(昭和5年)、当時の内閣が進めたロンドン海軍軍縮条約の調印を巡り、
    「統帥権干犯問題」という政治問題が発生した。
    詳細は割愛するが、
    「天皇陛下直属の軍の兵力量を、政府が勝手に決めるのはダメだ」という話だ。
    このような理屈で、右翼よりの政党が内閣を攻撃したのである。

     

    結局、ロンドン海軍軍縮条約は締結されることになるが、
    以降、帝国議会では野党が政府を攻撃する材料として、
    頻繁に「統帥権干犯」を持ち出す事となる。

     

    1929年(昭和4年)に、アメリカを震源地とした世界恐慌が起こり、
    その影響は日本にも及ぶ。所謂、「昭和恐慌」だ。
    当然、国民の生活は困窮し、社会全体を閉塞感が覆っていた。
    にも拘らず、議会は権力闘争を繰り返すだけであった。

     

    このような状況を見て、国民は政府や議会に失望し、逆に軍に対しての信頼を深めていく。
    そして、国民の信頼と支持を得た軍部は、
    政府の指導下から外れ独自の行動を繰り返すようになる。
    しかも、軍の中ですら、陸軍、海軍、関東軍とそれぞれの思惑で独自行動を始める。
    その結果が満州事変であり真珠湾攻撃なのである。

     

    統帥権とは、軍を指揮する権力だが、
    大日本帝国憲法では、この統帥権は天皇陛下ただ一人が有するものとされていた。
    そして、その軍の指揮権は陸軍司令部、海軍司令部それぞれに、
    天皇陛下から委任されてると解釈されており、これは大日本帝国の大きな欠陥だった。

     

    しかし、この欠陥も大日本帝国憲法成立時の状況を考えると、致し方無い側面もある。
    大日本帝国憲法が成立した1889年(明治22年)は、
    まだ明治政府が出来て日も浅く、不安定な状況であった。
    現に、1877年(明治10年)には西南戦争と呼ばれる内戦も勃発している。

     

    こういった状況下で、「力」である軍の指揮権を政府の下に置くことは、
    天皇を君主とした、新しい日本の国家体制に対して脅威になる。
    天皇の打倒を目指す勢力が、政府を形成した場合、天皇が打倒される可能性があったのだ。

     

    だから、天皇が統帥権を有することは、
    安定した国づくりをするには必要なことだとも考えられる。
    しかし、昭和の時代の日本は、最早そういった懸念はなく、
    本当は大日本帝国憲法を改正し、統帥権も政府に委任する体制に移行すべきだったろう。

     

    ところが、「天皇は神聖にして犯すべからず」と大日本帝国憲法で定められている、
    その天皇自身の名において公布された憲法を、変える事は難しかった。

     

    さて、戦争前夜のこの昭和初期の状況は、今の日本の状況とそっくりではないだろうか?
    人口減少社会、高齢化、製造業の衰退などなど、今の日本社会は閉塞感に包まれている。
    そんな中でも、権力争いを繰り返す国会を見て、
    国民の多くは政治に失望し、関心を失っている。
    そのことは、選挙の投票率を見れば明らかだろう。
    一方で、東日本大震災以降、頻発する災害に対して救助活動をしている自衛隊の姿を見て、
    国民の自衛隊に対する信頼は深まっているだろう。

     

    憲法は神格化され、改正するハードルは異常に高く、膨大な時間がかかる。
    現実と法律が乖離しているのに、政治はそれを埋める事ができず、
    自衛隊は独自の判断で行動するケースが増えているはずだ。

     

    日本国内の状況だけなく、国際環境も驚くほど昭和初期に似ている。
    昭和初期、欧州もアメリカも「ブロック経済」と呼ばれる、
    保護主義的な方向に進んでいった。
    そして、共産主義国であるソ連が力を増大し、日本に対して大きな脅威となっていた。
    これが、昭和初期の国際環境だ。

     

    現代もかなり似ているだろう。
    欧州もアメリカも保護主義的な政策にシフトしつつある。
    共産主義国家である中国の力は増大し、日本に対して大きな脅威だ。
    北朝鮮も本質は共産主義国家であり、これも日本に対して大きな脅威だろう。

     

    ■現代に三島由紀夫が現れたら
    今の自衛隊が、帝国陸軍や帝国海軍のように暴走することは無いと考えるなら、
    それは大きな間違いだろう。

     

    1970年(昭和45年)、作家である三島由紀が、憲法の改正を訴え、
    自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた。
    所謂、三島事件だ。
    三島の演説は殆どまともに聞かれることはなく、自衛隊から賛同者が現れず、
    彼は割腹自殺をし、事件は解決した。

     

    現代日本に三島由紀夫のような事をする人物が現れたどうなるだろうか?
    賛同者は決して少なくないと、私は思う。
    国民が政治に失望しているのと、同じように自衛隊も政府に失望しているはずであり、
    同時に、国民からの無責任な信頼に対して、国民にも失望しているのではないだろうか?

     

    クーデターの後に出来る政府は、必ず軍事政権だ。
    そして、軍事政権の末路がどうなるのかは、歴史が証明している。

     

    ■自衛隊からの信頼を獲得する努力が必要
    確かに今の日本の政治家は、国防に対して無責任であり、
    国民も無責任と言って良いだろう。
    そうなってしまった、大きな理由の1つは憲法9条であることも間違いない。
    この状況はできるだけ早期に正す必要があるのは間違いないが、
    それが軍の力によるものであっては断じてならない。

     

    今年で戦後72年だが、その多くの時間、自衛隊は常に日陰者だった。
    「税金泥棒」と心無い言葉を浴びせられることもあった。
    常に自分たちの存在が、違憲か合憲かを問われていた。
    そんな中、彼らはひたすら日本の為に訓練を積み、災害が起これば救助に駆けつけた。

     

    「自衛隊は無くすべき」「自衛隊があるから軍事的緊張がある」「憲法違反だからなくすべき」
    こういった主張をする人達も“含めて“、守るのが自衛隊。
    そのような精神で、活動を続け、そして国民の信頼を勝ち取ったのが自衛隊だ。

     

    今度は、我々国民が自衛隊からの信頼を得る努力をすべきではないだろうか?
    その為には、国民一人一人が国を守る覚悟を持つことだろう。
    「自衛隊を普通の軍隊にすべき」「憲法9条を守るべき」
    意見は勿論色々とあって良い。
    しかし、戦う覚悟も、戦わない覚悟も同じくらい強い覚悟が必要なのである。

     

     


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