コロナに打ち勝つために

2020.08.07 Friday

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    2020年8月現在、相も変わらず日本国内はコロナに過剰に怯える日々を続けている。
    東京では、知事が8月一杯の営業自粛要請を再び出し、
    お盆の帰省も控えるように訴えている。

     

    この状況は4/7に政府が緊急事態宣言を出した時に十分に予測できた事態だ。
    一日に100数十人レベルの感染者で緊急事態宣言を出したのだから、
    緊急事態宣言を解除すれば、
    直ぐにまた同じレベルかそれ以上の感染者が発生するのは当たり前の事だろう。

     

    また無意味な感染者数という指標で大騒ぎしているので、
    恐らく、もう暫くすると感染者数は減少するだろう。
    そして、自粛を緩和するとまた感染者数は増える・・・
    根本的な事を改めなければ、こんな事が来年も続く事になるだろう。

     

    改めるべき根本的な問題とは、国民が自分の頭で「考える」事だ。
    今のコロナ禍と呼ばれる状況を作り出した一義的な責任は報道メディアにあるが、
    結局のところ、そんな報道メディアの垂れ流す情報を信じる国民が最大の問題だ。

     

    今の日本人の多くは、自分で考える事ができない、あるいは放棄していると私は思う。
    例えば2020年8月6日現在の年代別のコロナウイルスの死亡率は、
    20歳未満で0%、30歳未満で0.01%(1名)、40歳未満で0.03%(4名)・・・
    全体でも7.5%となっている。

     

    しかも、この死亡率は入院患者を分母とした結果なので、
    実際に自分がコロナに感染し死亡する確率は、もう2つ程桁が小さい数字になるだろう。

     

    こういった情報をTVは殆ど報じない。
    しかし、インターネットを通じて誰でも簡単に知る事ができる数字だ。
    本気でコロナを恐ろしい感染症と考えているのなら、
    死亡率のような基本的な数字は知ろうとするのが当然だろう。

     

    だが、殆どの国民は自分でこういった数字を探さない。
    そして、そういう人間ほど、新型コロナウイルスを恐れる。

     

    毎年インフルエンザでどれくらいの人が亡くなっているのか?
    自動車事故では?自殺では?
    こういった新型コロナ以外の死因の死亡者数も全く知らない、知ろうともしない。

     

    世界は常に死のリスクに溢れているのだから、
    他のリスクと比較しなければ、新型コロナウイルスの脅威度を測りようもない。

     

    感染防止の柱となっている「3密回避」についても、
    殆ど意味がない事は少し考えると分かる事だ。
    世界最高レベルの人口密度である日本国内で3密を回避し、
    SocialDistanceを確保した結果とは、“通常状態の”欧米だ。
    そして、その欧米では日本を遙かに超える感染者を出している。

     

    自分の頭で考えるなら、恐らく殆どの人は今回の新型コロナウイルスは、
    「普通の風邪程度なのでは?」
    「3密回避は感染防止にあまりならないのでは?」
    と言う結論に達するのではないだろうか。

     

    コロナに打ち勝つために、今一番必要なのは国民1人1人が自分の頭で考え、
    その結果、「普通の風邪程度の病気」という結論を得る事だ。
    今のようにこのウイルスの脅威度を高く見積もっている内は、
    何をしても状況は改善しないだろう。

     

    「自分の頭で考える」
    今の日本では簡単なようで、実は難しい事だ。
    何故なら、我々は義務教育レベルから「考えない教育」を受けているからだ。

     

    学校教育の基本は教科書に書いてある事を正確に記憶することであり、
    受験とはその量と正確さを計る。
    先生の言う事、学校のルールに盲目的に従う事を求め、
    それを守れない者は「落ちこぼれ」とされる。

     

    一応、夏休みの自由研究等で、自分でテーマ設定し考える力を養うカリキュラムはあるが、
    生徒が「なぜ宿題をやらなければならないのか?」というテーマ設定をすると、
    教師は「それはダメだ」と認めない。

     

    教師が認めたテーマ、
    例えば「なぜ戦争が起きるのか?」というテーマで自分の考えを示したとしても、
    それを教師に評価される。

     

    これでは、生徒達は「教師に高評価を貰える結果」を求め、
    真の思考力を身に付けることは難しい。

     

    更に厄介な事に、そう言った学校教育を真面目に行った人ほど、
    自分は他者より深く広く考えていると思い込んでいる。
    そして、今の日本は学生時代を真面目に過ごした「素直で良い子」が圧倒的に多い。
    これが、日本で新型コロナウイルスを深刻な病気にしている大きな理由だ。

     

    考える為には、まずはテーマ設定が必要だ。
    果たしてコロナに打ち勝つためには、どのようなテーマ設定が適切だろうか?
    先ずはそこから始めてみよう。

    その先に、コロナに打ち勝つためにの答えがあるだろう。

     

    ■メディアは営利企業

    殆どの人は新型コロナウイルスに関する情報をTVや新聞で得ているだろう。
    そういったものを見ず、ネットから情報を得ている人も、
    基の情報ソースはTVや新聞と同じであることが殆どだ。

     

    全てのTV局は、今回の新型コロナウイルスは「これまでに無い怖いウイルス」として報道する。
    ここでまず私たちは考えるべきだ。
    即ち、「なぜTVは怖いウイルスとして報道するのだろう?」と。

     

    NHKを除くTV局は民間会社であり、営利企業だ。
    NHKも建前は別として、実質的には営利企業と言えるだろう。
    つまり、彼等の一番の目的は「カネ儲け」なのであり、
    その手段として番組を制作している。

     

    TV局が利益を上げる主要な手段は、CMによるスポンサー収入だ。
    スポンサー企業はできるだけ多くの人にCMを届けたい。
    だから、見る人の多い番組(視聴率の高い番組)ほど、高いスポンサー料を支払う。

     

    従って、TV局は常にできるだけ高い視聴率を獲得できる番組作りをする。
    お手軽に高い視聴率を稼ぐ手段が、「危機を煽る事」だ。
    新型コロナウイルスに対する恐怖が大きいほど、人は不安になり情報を求める。
    従って、TV局としては「新型コロナは大きな脅威であって欲しい」のである。

     

    しかし、嘘をつくことはできない。
    100人しか死んでいないのに1万人死んだ事には流石にできない。
    そこで登場するのが「専門家」と呼ばれる人間だ。

     

    この専門家と呼ばれる人の多くも、「新型コロナウイルスは大きな脅威であって欲しい」。
    何故なら、大きな脅威だから自分たちはTVに呼ばれ、ギャラを貰える。
    顔と名前が売れれば、出版する本の売り上げにも貢献する。
    講演会の依頼も増えるかも知れない。

     

    専門家にとって、素人を不安にさせることなど簡単な事だ。
    特にウイルスのような未知の事が多い分野は尚更だろう。

     

    データというものは角度を変えれば様々な解釈が可能だ。
    0.01%のリスクでも、それが発生する可能性があるのは事実だ。
    明確な嘘をつくことは罪だが、都合の悪い情報を伝えない事は罪にはならない。

     

    専門家は嘘にならないギリギリのところで、視聴者の危機を煽る。
    そして、PCR検査の拡大が必要だと訴える。
    検査が増えると、感染者の数を増やすことができ、
    それを基に、更に危機を煽ることが可能になる。

     

    TV局は危機を煽るための台本を書き、
    専門家はその肩書き(権威)と専門知識を使い補強する
    キャスターやコメンテーターとして出演しているタレント達は、
    そうして作られた台本を基に演じる。

     

    彼等の役目は、視聴者により大きな危機意識を持ってもらう為の演出をすることだ。
    台本に反したコメントをすれば、番組から降ろされる事になるのだから、
    自分の考えとは180度違ったものであろうとも、台本通りに演じる。

     

    こうして、視聴者が強い恐怖を抱く情報が作られ、
    TVやネットを通じて拡散されていくのである。

     

    ■学問の世界もカネ儲け

    では、学問の世界はどうであろうか?
    現在、多くの国で新型コロナウイルスに関する様々な論文が、
    それこそ、毎日のように作られている。
    これらの論文の多くもまた、如何にコロナウイルスが危険であるかを論じている。

     

    学者にとって、現在の世界的なコロナパニックは名前を売る大きなチャンスだ。
    元々、学問の世界は間違っていても何の問題もない。
    むしろ、沢山の間違いを繰り返す事で真実に近づくのが科学と言うものだ。

     

    だから、多くの学者達はこぞって論文を作る。
    そして、その内容をできるだけセンセーショナルなものにしようとする。
    「ただの風邪です」という結論では目立たない。

     

    結果、新型コロナウイルスの特異性を殊更に強調した論文が溢れ、
    そんな論文を、TVは恐怖を煽る材料に利用する。

     

    ■利己的な有権者が生み出す政治家

    政治家はどうであろうか?
    彼等の最大の関心事は「票になるか?」である。
    そして、彼等はリスクを取りたくない。
    つまり、自身の責任を追及されるような事態を極力避けようとする。

     

    TVを中心とした情報に煽られ、
    世論が「コロナは怖い」と言う側にいるのなら、政治家はそれに迎合する。

     

    日本ではコロナに対する政府の対応は殆どの場合、非難の対象になっているが、
    日本政府は常に国民の言いなりに動いている。
    しかし、動きが遅いので、国民が数週間前、1ヶ月前に要求したことをやっているので、
    国民の要求が1ヶ月で大きく変わってしまうと、
    政府の対応が間抜けに見えるだけのことだ。

     

    例えば、「マスクがない、韓国ではマスクを配っている」という声が高まったのが3月で、
    その声に乗っかっただけなのが、所謂アベノマスクだ。
    今、非難の的になっている「Go Toキャンペーン」も、
    「地方が可哀想だ。疲弊している、夜の飲食店、観光地の人々を救え」という世論の高まりに反応した結果だ。

     

    今回、目立っている地方自治体の首長(知事、市長)も、
    その殆どが自身のアピールにコロナと世論を利用しているだけだ。
    特に東京都知事の小池氏は、都知事選の為にコロナを最大限利用した。
    今回のコロナで、一躍時の人となった大阪府知事の吉村氏にしても、
    11月に予定されている大阪都構想に住民投票の為のアピールだ。
    愛知県の大村知事は、愛知トリエンナーレの問題で批判を受け、
    住民からのリコール運動が起きている事を考えると、
    失地回復の為のアピールと見るべきだろう。

     

    今の政治家で、本当に国家国民の事を第一に考えている政治家はいない。
    何故なら、彼等を、選挙を通じて選んでいる我々国民の多くが、
    自分たちの事しか考えていないからだ。

     

    民主主義下の政治家とは、国民の鏡だ。
    我々が自分たちの事をしか考えていないなら、
    そこから、国家国民の事を考える政治家が生まれる事は無い。

     

    メディアも専門家も政治家も、
    本気でコロナを収束させようとは考えていない。
    それどころか、もっとこの危機が長く続く事を望んでいるのである。

     

    連日、危機を煽る彼等は1円も収入は減っていないし、
    それどころか、コロナ前より収入が増えた者も数多くいる。
    結局のところ、目下のコロナ禍はカネの話なのである。
    思考する事を放棄した大衆を利用して、
    カネ儲けをしようとしている一部の人が作り出しているのが今の状況なのである。

     

    私が不思議なのは、なぜこのような事を多くの国民が分からないかだ。
    自分たち自身も、常に金銭的な損得を考え、責任を極力回避しようと振る舞っている筈だ。
    それなのに、なぜTVや専門家、政治家達は違うと思えるのだろうか?

     

    ■視界内の世界から考える

    私は自分の目で見たことを先ずは基準として考える。
    日本でコロナウイルスが発生して約半年、
    一度もコロナによる死者も重症者も、感染者すら見たことがない。
    これは私の運が良かったからではないのは、発表されている数字を見れば明らかだ。

     

    インフルエンザシーズンの時、
    会食を共にした人が、3日後にインフルエンザが発症したとして、
    自分もそれから時を置かずに発症した経験も殆どない。
    私は花粉症も無いので、マスクを付けた事はこれまでに一度も無い。
    それでも、インフルエンザにかかったのはこれまでの人生で数回だ。
    これも私の運が良かっただけでは無い筈だ。
    毎年インフルエンザ患者は1000万人レベルで発生しているが、
    毎年必ずインフルエンザにかかる人は居ないだろう。

     

    こういった自分の視界内の世界を基準にすると、
    メディアが垂れ流す情報に大きな疑問が生じた。
    そして、できる範囲で調べた。

     

    例えば「PCR検査」等と言う言葉は、これまで知りもしなかった。
    多くの人が恐らく同じだろう。
    だが、調べてみるとこの検査はウイルスの残骸が身体に居ても
    陽性反応になる類いの検査方法であることが分かった。

     

    ウイルスの残骸とは、感染力も無ければ勿論発症させる力もない、
    言わばウイルスの死体だ。
    この事を知れば、連日発表している感染者数という指標に怯える必要は無い。

     

    インターネットというテクノロジーは、
    自ら考えようとする時、強力なツールとなる。
    20年前だったら、PCR検査がどんな検査なのか知る事は難しかっただろう。

     

    ■答えはメディアの反対にある

    我々は自分の頭で考え、何と戦っているのか?何と戦わなければならないのか?
    の答えをそれぞれが出すべきだろう。

     

    政府を批判しても何も好転することは無い。
    「政府は愚かだ」と批判することは、
    「1ヶ月前の自分は非常に愚かだ」と言っている事に他ならない。
    世の中を動かしているのは、政府ではなく、世論でありメディアだ。

     

    そして、我々人間は基本的に愚かである事も自覚すべきだろう。
    人間の多くは微少確率を過大評価してしまう。
    例えば、今や60歳前に死ぬ確率はかなり低いが、
    子供が産まれると多くの人が生命保険の死亡保障をつけるか、増やす。
    離婚して親権を失う確率の方が何十倍も高いのに、
    その事を無視して微少確率のリスクの為に、大金を保険につぎ込む。

     

    逆にリスクを過小評価、あるいは全く無視してしまうことも多い。
    福島第一原発の事故は、この過小評価によって起きた人災と言える。
    津波のリスクがあることは歴史的に分かっていたが、
    そのリスクを殆ど無視した結果が、あの大災害だ。

     

    我々はこういった愚かさを誰でも持っている事を自覚し、
    できるだけ謙虚な気持ちで物事を考える事が重要だ。

     

    とは言え、生活に追われる日常の中で静かに考える事は多くの人にとって難しいだろう。
    だが、幸いな事に新型コロナウイルスに関しては、そう難しく考える必要はない。
    殆ど全てのメディアは一貫してコロナの恐怖を煽り立てているので、
    真実はその逆にあるという事が分かり易い。

     

    私のように新型コロナウイルスの脅威を低く見ている専門家は、
    数は少ないが間違い無く存在する。
    それなのに、メディアにそういった専門家が呼ばれる事はない。
    それが全ての答えなのである。

     

     


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