フェミニズムが社会を破壊する

2019.02.17 Sunday

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    20世紀の前半、世界にファシズムの嵐が吹き荒れ、
    第二次世界大戦という人類史上最大の破壊をもたらす。

     

    あれから約100年の時が経った現代、
    今度はフェミニズムの嵐が世界に吹き荒れている。
    フェミニズムとは、女性に対する性差別の撤廃を目指す思想であり、
    直訳すると「女性主義」となる。

     

    「男女平等」の名の下に、今や少しでも男女を“区別”するような発言をすると、
    社会的に糾弾され、徹底した社会的制裁を受ける社会となってしまった。

     

    この流れがこのまま続くと、社会はフェミニズムによって破壊されてしまうだろう。
    そして、その破壊の規模は第二次世界大戦よりももっと深刻で大きなものになるだろう。

     

    例えば、程度の違いはあれフェミニズムが強い先進国では、
    どの国も、少子化、晩婚化に苦しんでいる。
    G7の7カ国はどの国も出生率は2.0を切っており、出生率が大きく向上する見込みは全くない。
    つまり、それが100年後なのか500年後なのかは分からないが、
    何れ、国家を構成する国民が居なくなってしまうと言うことだ。

     

    フェミニズムとは、結局は「平等主義を強制するもの」であり、
    原理的には共産主義と変わらない。

     

    人も男女も平等ではない。
    そもそも、人間は平等を本心では求めていない。
    他人よりも上にいきたい、他人を支配したい、他人よりも豊かでありたい。
    そして、自分の子供に多くを残してやりたい・・・
    こう願うのが人間であり、これらの願いが叶うなら、それは平等ではない。

     

    共産主義が失敗したのは、誰も本当は望んでいない「平等な社会」を作れると夢想した事による。
    共産主義は、平等を実現するために国家を解体すること目指す。
    その為に、国家を構成する最も基本的な集団である「家庭」の破壊を企図し、母性を敵視する。

     

    フェミニズムも全く同じだ。
    フェミニストとは言ってしまえば、「母性が壊れてしまった女性」と言ってよく、
    母性喪失の代償として外で働く事を掲げている。
    そして、外で働く為に育児を社会化する必要があると訴える。
    「働きながら育児ができる社会」を作るべきだと訴える。
    そして、それを正常な女性にまで押しつける。

     

    「人間は男だろうが女だろうが、貧者だろうが富者だろうが、
    “心清ければ”死後に天国や極楽に行ける」
    このように説いたのがキリストであり釈迦だった。
    彼らですら、この世での平等は保障しておらず、
    死後を含めると“心清ければ”という条件付きで、平等を保障している。

     

    ところが、「この世を平等にできる」と言っているのが共産主義者であり、フェミニストだ。
    キリストや釈迦ですら言えない事を言える、このような者達は一体何者だろうか?
    これは神学的にも実態的にも悪魔と呼ばれる存在だろう。

     

    その証拠に、共産主義や社会主義ほど国民を虐殺した体制はない。
    スターリン、毛沢東、ポル・ポト、北朝鮮の金王朝・・・
    彼ら一人一人が虐殺した人間の数は、ヒトラーが善人に見える程に桁違いだ。

     

    フェミニストの逆鱗に触れた男性に課せられる制裁は、法で定められたものを遙かに超える。
    それどころか、司法を通さず私刑が行われる事も珍しくない。
    「セクハラをした“疑い”」で職を追われる男性、
    痴漢冤罪で家庭を破壊された男性・・・こういった被害者は決して少なくないだろう。

     

    日本を再生する第一歩は、フェミニズムを根絶し男女の役割を取り戻すことだ。
    そもそも、フェミニズムとは「外で働く女性のイデオロギー」であり、
    「一部の女性の為」のものであり、「全ての女性の為」ではない。
    フェミニズムが根絶された世界の方が、圧倒的多数の女性にとって幸せだろう。

     

    ■本当は女性が有利な社会だった

    男女は平等ではない。
    女性は結局、男性が怖い。(男性も女性が怖い)
    だから、男をコントロールしたいという無意識のうちに思考している。
    欲求といっても良いだろう。

     

    そして、男をコントロールする為の手段は何になるかと言うと、
    自分を男の欲望の対象として高く見せると言う方法になる。
    だから、女性は自分を飾る。
    化粧もヘアースタイルも、洋服もアクセサリーも・・・
    「男に良く見られる為」に行っているだろう。
    「そんな気持ちは全く無い」と断言できる女性は居ない筈だ。

     

    更に、女性同士で主に容貌による序列で拘り、争う。
    美人はその容貌のみで、男を魅了し無意識に自分の安全を図り、
    他の女性に優位にあるという快楽が得られる。
    しかし、この「容貌による魅了」は若い時だけ通用する。
    だから、女性は男性よりも遙かに若さに拘り、老いを恐れる。

     

    結婚とは、本来的には頼りになる男を捕まえて離さないという行為だ。
    つまり、特定の男に守って貰う。働いて貰う。
    その代償として自分の身体を使って、夫の性処理をする。

     

    結婚とは古くから存在する契約で、約束だ。
    女性は特定の男に身体を許す事で子を産むが、男性の性欲は減衰し、
    女性も性的魅力を失っていく。
    これを補完するのが結婚だ。
    結婚とは女性が自身と、その子供達を夫に守らせる為の契約だと考える事ができる。

     

    男女平等社会が実現したとして、困るのは男なのか?女なのか?
    結婚と言う契約を男女平等として見た場合、これは片務的な契約だ。
    性的魅力のなくなった女を守り養う、
    男はそれを結婚という制度契約によって果たさなければならない義務があると考える。
    現代社会はそうだろう。

     

    しかし、男の性欲は金で解決できる。
    また、通常男は年を重ねる事により稼ぐ力が上がり、社会的地位と行動の幅が広がる。
    それに対して、女性は年を重ねるにつれ容貌は衰え、
    男にとっての性的魅力の減退という価値の低下を起こす。
    本当に、男女平等にしたら、男は女を守らなくていい筈だ。養わなくていい。
    性的魅力が無くなったら別の女を得たらいい。

     

    実は社会は女性に有利に構築されている。
    しかし、両性とも今の日本社会では、その社会の豊かさゆえに、
    皆、守られていると考えている。
    自分は安全だと意識的に思い込もうとしている。
    女性は飾り立て、女同士の優位性を高める事自体を目的化し、結婚という意味を考えない。

     

    男は種をまき散らしたい欲望があり、女は優れた男をコントロールしたい欲望がある。
    それが劣等感等の行動意欲となり、我々は行動(≓努力)し、
    自分の価値を高めようとするが、
    フェミニズムなる愚かなる思想によって、男が女を守らなくても良いという方向に行くだろう。

     

    「フェミニズムを遵守する男性は女性を甘やかさない」
    本当のフェミニスト男性というのは、自分をどこまでも女性と対等だと見なすし、
    女性に甘えることもなければ、女性を甘やかすこともない。

     

    ■「誰にも迷惑をかけない事」は重要ではない

    過去の慣習、宗教上の戒律というものは、その社会にとって有効であるから存在した。
    それを破壊して回っているのが、フェミニストやインテリと呼ばれる連中だ。
    同性婚や夫婦別姓なども、彼らが破壊しようとしている慣習だ。

     

    彼らの唱える論の根底にあるのが、「誰にも迷惑が掛からないのだから良いだろう」
    と、一見説得力がある主張だが、こんな主張に惑わされてはいけない。
    考えるべきは、「誰かに迷惑をかけるか?」ではなく、
    「社会の為により良いか?」「何故、そのような慣習や戒律があるのか?」だ。

     

    そして、変えようとする慣習や戒律が、長く続いたものである程、
    慎重にそのことを考える必要がある。
    逆に誰かに迷惑がかかったとしても、社会の為により良い変革なら、
    それは実施すべき改革と言えるだろう。

     

    フェミニストが唱えた「男女平等」という考えは、
    こういった思慮を全く欠いて、社会に広まっていった。
    その結果が、結婚率の低下と出生率の低下だ。
    これは、社会が壊れたのが明確になった証左と言って良いだろう。

     

    ■最も大切なのは「命の再生産」

    「乳幼児にとって特に母親の存在の意味が大きい」
    フェミニストは、この事を頑として認めない。
    出産し授乳することが出来るのは女性だけである。
    それは社会的な役割分担ではなく、既に生物的な役割分担である。
    にも拘わらず、フェミニストにとってこのような役割分担は「差別」と罵る。

     

    『専業主婦は女性の占めることのできる最高の地位』

     

    これはドイツの詩人ゲーテの言葉だ。
    完全に男に守られ、完全に男をコントロールしている状態が専業主婦だ。
    そして、子供を可愛がって、時間をかけてゆとりを持って育てることは、
    専業主婦が最も有利なのである。

     

    同時に男性の子供に対する愛情は、時間をかけてゆっくりと成長していくものだ。
    男性は、子供が産まれた瞬間にそれをかわいくて仕方がないとは思わない。
    それは女性の発想だ。

     

    男性は、産まれた子が自分の子であるかは、母親(妻)に聞かなければ分からない。
    女性は、父親が誰であろうとも「自分の子供」であることは100%分かる。
    女性は出産の苦しみがあるから、それを感覚的に体得することができる。
    しかし男性にとって、自分の子供という感覚はすぐには発生しない。
    それは子供との日常の接触のなかでのみ発生する。

     

    子供への愛情は父親も母親も自分の子供と一緒に暮らすことによって、
    最も強く育まれるものだ。

     

    もちろん事情があって自分の子供と離れて暮らすことになったり、
    血のつながらない子供と一緒の家族を形成することはある。
    その場合、自分の子供と一緒に暮らす以上の努力が必要になるのである。
    その結果、愛情が育まれていけばそれは尊重され、賞賛されるべきことだが、
    自らすすんでそのような境遇に身を置くことは人間の生活にとって多くの困難をもたらす。

    そのような困難をもたらす社会制度を喜んで作ろうとする者など本来いない筈だろう。

     

    フェミニストが唱える、「育児の社会化」とはつまりはそんな困難をもたらす社会だ。
    保育所であれ、幼稚園であれ、父性と母性という両輪が揃った家庭に取って代れるものではない。

     

    大切なものとして愛する気持ちがあれば、永続性を願う。
    子供を産み育てる行為は愛するものの永続性を願う行為であり、
    人間の永続性にとって人間の生命を再生産することほど、大切なことはない。

     

    ■フェミニズムは自由を奪う

    フェミニストは、母性を喪失し人間の永続性を放棄した人間だ。
    だから、フェミニストが自分の老後を考えた時、子供に介護の期待はできない。
    だから、社会的な介護にしようと企図した。
    その結果、日本では介護保険が作られた。

     

    家庭が主体的になって担うべきことを国家に委ねると、
    委ねられた国家は社会をどんどん統制していくことになる。
    その終着駅は全体主義であり、共産主義の目指す社会そのものだ。

     

    昭和47年、日本では男女雇用機会均等法が施行されフェミニズムが広がり始まる。
    この時に出生率は2.14で、これ以降減少を続ける事になる。

     

    「自分は男と同じように働いても見た。
    しかし働くことにそれほど魅力を感じなかった。
    それより女性としての性を活かして、
    子供を産み、育て、家を整え、家族のために働くことの方が余程創造的だと思った」

     

    これは、男女雇用機会均等の下で採用された、
    女子総合職の第一期生の10人中9人の意見だ。

     

    女性の方は聞き心地の良いフェミニストの言葉に惑わされないで、
    本当は自分が何を求めているのか?何が幸せなのかをよく考えてみて欲しい。
    そして、フェミニズムが蔓延った結果、社会がどうなっているのかを考えて見て欲しい。

     

    夫の給料が下がり、共働きしないと生活が苦しいから働く女性が増えているのではない。
    「男女平等」という愚かな考えの下に、働く女性を増やし、
    専業主婦をダメな女性と差別した結果、経済が低迷し夫の稼ぎだけでは暮らせなくなったのだ。

     

    平成の30年間、女性政治家も女性経営者、女性管理職も増加した。
    フェミニストは、これでもまだ足りないと言うが、

    果たして、政治の場や企業に女性が増えて、社会は何か良くなっただろうか?
    「女性候補者」というだけで一票を投じた、女性政治家が女性の為になっただろうか?
    彼女たちが言っている事は、結局は「働く女性は美しい、男性から自立せよ」だ。

     

    男性にとっては良くなったかもしれない。
    最早女性は守るべき存在ではなく、結婚出来ず後ろめたい想いをする必要もない。
    性欲は昔もよりも遙かに安価に手軽に満たす事が出来る。
    女性を「単なる性の道具」にしているのは、結局は女性自身なのではないだろうか?

     

    男は女を守り、女は男をコントロールする。
    このような昔のシステムに戻すべきだろう。
    現在の日本社会は“男女不平等”が昔より、更に進んだ社会だと言える。
    しかしそれは、今崩壊しつつある。
    女性有利な社会は男の結婚しない、という現象によって壊れようとしている。

     

    家父長制は、日本社会を支える重要なシステムだったと言う事だ。
    我々はそんな旧来のシステム(価値観)に戻す必要性が出てきている。

     


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